フジロック2018から遠く離れて ケンドリック・ラマーについて思うこと

クリエイティブ・コントロールを100%持たなきゃならない。収益をどうしたいか、見た目、プロセス、何を発信するか」『ユリイカ2018年8月号 特集=ケンドリック・ラマー』より。


2018年7月。霞ヶ関駅に森友、家計ら日本の現政権による隠蔽行為を強く想起させる黒塗り文章に「DAMN.」と大きく印字された広告が掲示された。

「身の回りのことしかラップしてこなかったケンドリックの本意ではないはず」

「本人の許可を得ていないんだろう」

広告屋の暴走」

SNSで起こったそんなリアクションが、今となっては完全な的外れであったことが明らかになっている。


28日21時。進路変更により直撃ではなかったとはいえ、台風の影響で数時間前から強い雨が降りしきる苗場のグリーンステージエリア前方は、異様な熱気と興奮に満ちていた。3日間で最も多くの来場者数を記録した28日。他のスロットを見ても筆者が現地で話を聞いても当日の天候を鑑みても、ケンドリック・ラマーのマンパワーがその人数、熱気を呼び寄せたのは明白なこと。筆者の周りだけでもアメリカ、ドイツ、メキシコ、スペインと多様なルーツの方々が大声でステージに向かって声を上げ、強くなる雨に抗っていた。


ケンドリック・ラマーはここ最近「チャンピオンシップ・ツアー」と題し、昨年から今年にかけてのセールス、クリティック両面の世界制覇を祝福するような華やかで開かれたベストヒット・セットでLIVEを行なっていた。フジロックでもコチラだろう、と予想するライターやファンの方が多かったように思うが、筆者個人の予想と願望は断然ストイックな『DAMN.』セット。それはまさに「DAMN.」と吐き捨てたくなる日本の状況に合致する、先に述べた広告の件もケンドリック本人の意図が少なくとも働いていたはずだ、と確信していたから。


雨が一段と強くなった定刻数分過ぎ、カンフー・ケニーの映像が。

「DAMN.セットだ…!!」

それから火柱が上がりオープニング・ナンバー『DNA.』が終わるまでの約10分間。前に横に暴れリリックを叫び雨に負けるなよと拳を突き上げたあの10分間。今思い出しても鳥肌が立ち泣きそうになる。間違いなく、人生最高の時間だった。


そこからはある程度冷静になり、音に注意を向けると様々な気づきが生まれた。ケンドリックのクリアな発声、抜群のリズムとピッチ。生演奏とは思えない完璧な、トップ・プレイヤーで固められたバンドのグレイトなサウンド、しなやかなグルーヴ感。そして日本の観客を研究して考えられたであろう少なめのシング・アロング。正直かなり歌詞を覚えていて歌う気満々だった筆者は少し残念だったのだけれど(『HUMBLE.』のファースト・ヴァースは任せてほしかった!)、そこは流石good kid。前方は歌い暴れ大変な盛り上がりだったけれど、やはり中間から後方は多少の動きはあれどラップに慣れていない日本人が多く静かだったとのこと。こういった本場のやり方、スタイルを受け入れない態度を「日本のやり方」として良しとするのはあらゆる局面でもう限界だと思うが、あの場では最適解に近い、極めてクレバーな選択と言えたのだろう。


「これはこんな大雨の中立ち続けてくれた君たちの歌だ!」

ラスト、何千のスマホのライトが照らされる中『All The Stars』をパフォームするケンドリックが、観客たちのとても近いところにいるような気がした。あの場にいた人の多くが、SNSでそう発信している。

多分、ケンドリック本人が感動してくれていたんじゃないかと、そんなことを不遜にも思ってしまう。忍者、空手、Jホラーなど日本文化を意識したパフォーマンスを見せてくれていながら、なかなか実現しなかった来日公演。2013年、半ば伝説化している雨のホワイト・ステージ、レインコートを着た初出演から早5年、同じ雨の苗場。ケンドリックの目にはどんな景色が見えていたのだろう。5年前より良い景色だったらいいな、だってこんなに私たちは感動しているんだから。そんなことを思いながら、こんなラインを歌っていた。

「愛について話そう。それが望むことのすべてだろう?」